『最後の会話』<<<<3>>


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 サトウ少年はぽつりぽつりと話し始めた。

「死にたいと思ったことがないというのは、僕もムラタさんも本当のことだった。だけど、電話で見知らぬ人と最後の会話を交わしてから、たったの一週間で変わってしまったんだ。
 ムラタさんは話してくれた。彼――ムラタさんが電話を受けた相手で、たしかキムラって名前だったと思う――は悪夢に悩まされていると言っていた、と。もう耐えられないから自殺するのだと。そんなことで、と思うかもしれない。僕も正直言って、そんなことは信じられなかった。そんなことっていうのは、そのキムラさんの話も、ムラタさんが死にたいと思っていることもだ。でもムラタさんは真剣だったんだ。ムラタさんは仕事のノイローゼか何かでおかしくなってしまったのかもしれない。そう思って、僕はとにかく最後まで話を聞いてあげようと思ったんだ。
 あなたも僕の話を信じられないと思っているでしょう? 別に今は信じようとしなくてもいい。でもたぶん、これから信じたくなくても信じなければいけなくなると思う。でも『その出来事』が起こらなかったら、あなたは僕を嘘つきだと罵ってもいい。僕で『これ』が止まるなら、それで本望だよ」

 サトウ少年は弘人に「ここまでは理解できた?」と聞いた。弘人は言葉が出なかった。疑問点は多すぎる――。
 サトウ少年は弘人が何も言ってこないことを確認して、再び口を開いた。

「大切な人の声を最後に聞きたいっていうのが、本当の自殺を考えている人の行動だろう? でも僕らは違う。大切だからこそ、かけたくないんだ。
 自殺の理由なんて考えられないような人が、自分で命を絶つんだ。遺書を残しても構わないけど、理由なんて到底書けたものじゃないだろう? 悪夢を見るから死にますなんて。けれど、いざ死のうと思うと、誰かに話を聞いてもらいたくなる。死にたいのに、話を聞いてもらわないと死ねないと思い始めるんだ。ムラタさんも同じことを感じたって言ってた。けれど、家族や友達にはかけられない。かけたくないんだ、巻き込まないために。それで知らない番号にかける……」

 サトウ少年は再び口を閉じ、質問はないかと無言で訴えた。
 弘人は頭の中を回り巡るさまざまな疑問を、全て吐き出したかった。けれどうまく口が回ってくれそうにもない。

「悪夢って……」

 弘人はやっとのことで一つ目の疑問を吐き出した。しかし、質問を待っていたサトウ少年は「えっ」と困惑の色を浮かべた。どうやらあまり話したくないらしい。それでもそれ以上言葉にすることのできない弘人は、サトウ少年が話し始めるのを待った。

「悪夢……ね」サトウ少年は呟いた。「最悪だよ」
「……どう、最悪なんだ?」

 弘人は震える声で尋ねる。サトウ少年は深いため息を吐くと、ゆっくりと話し始めた。

「死にたくなるような悪夢なんて、僕も信じられなかったんだ。だけど、実際に体験してしまったら信じたくなくても信じるしかない。僕は、ムラタさんを助けてあげることができなかった。最後に電話で話したというのに、説得もできなかったんだ。……毎日毎日、見るんだ。自殺する人の夢を。それも、鮮明に。そして、日がたつうちに、その自殺する人が自分になる。怖いんだ……ただの悪夢じゃない。実際に体験しているかのように。その恐怖は、自殺というより殺される気分といった方がいいかもしれない。毎日殺されるんだ、抵抗もできないまま。そんな気分をこれから一生味わうなら、自分で死んだ方がいい……そう思い立つまでに一週間もかからなかった。僕は絶対にそんなことは思わないと決意していたのに」

 サトウ少年は、辛そうだった。悪夢を見たことは本当なのかもしれない。けれど、それだけで死にたいと思ってしまうことは、到底信じられなかった。

「これはサイクルになっているんだ。僕はムラタさんから電話がかかってきてから、ずっと考えていたんだ。僕は絶対にそのサイクルには入らない。もしも本当にこのサイクルが存在するのなら、僕でそれを止めてやろうって。……でも無理だったんだ。僕の精神力では無理だった」
「……サイクルって何だよ」

 弘人はうすうす感付いていながらも、聞いてしまった。

「これは僕の推測だけど……」サトウ少年は、本当に蚊の鳴くような声という言葉が似合いそうなほど、か細い声で呟いた。
「この、自殺する人の最後の電話を受けた人は、みんな必ず、一週間後に自殺してしまうんだ」

 弘人は頭に血が昇るのが分かった。怒りではない。理解できない感情で、体が興奮していた。

「一週間後? 馬鹿言ってんじゃねぇよ。呪いのビデオじゃあるまいし」

 罵るようにそういうと、サトウ少年はふっと笑った。

「何笑ってんだよ」

 弘人が低い声で畳み掛けると、少年は呟いた。

「呪いのビデオの方がいいよ」その声は冷淡であり、悲しそうでもある。「だってこのサイクルには、逃げ道がないんだから」
「は……」
「必ず死ぬってことだよ。サイクルから逃れる方法は、ないんだ」



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