『最後の会話』<<2>>>>


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「冗談なら他当たれよ。俺はそこまで暇じゃない」

 弘人は搾り出すように声を出した。自分で声が震えているのが分かった。

(これは冗談なんだ――軽くあしらって切ればいいだろう?)

「信じてくれなくてもいい」

 サトウ少年は押し殺した声で呟いた。感情の高ぶりを抑えているといった感じだった。

「別に止めてほしいとも思ってない。ただ、話を聞いてくれるだけでいいんだ」

 こいつは本気なのだろうか。真意が見えない。

「話を聞いてほしいなら、知り合いにかければいいだろう? 友達とか親とか……カノジョとかに」

 こんな陰気な話し方のサトウ少年に恋人がいるとは思えなかったが、これで思い直して他にかけ直してくれれば幸いだ。

「知り合いにはかけたくない」

 サトウ少年は暗い声で呟いた。

「友達とかいないのか? もしかして苛められてたとか?」

 そう聞いてから、なんだか相談に乗ってあげている兄貴のようで、自分自身に苛立ちを覚えた。これではもう『聞いてやるよ』という合図ようなものだ。なんだかサトウ少年のペースに嵌ってきている気がする。

「別に僕は学校で苛められてない」

 サトウ少年はそんな弘人の気持ちも知らずに、はっきりと言い切った。

「じゃあ……」
「親に虐待をされていたということもない。ましてや好きな人に振られたわけでもないんだ」

 訳が分からなかった。だったらなぜ、自殺なんてしようと思い立ったのだろうか。やはり冗談なのかとも思うが、それはあえて口にはしなかった。

「……僕は生まれてから死にたいと思ったことなんて、一度もない」
「じゃあ何で」

 もう乗りかかった船だ。洗いざらい話してもらわないと、気が済みそうにもなかった。

「一週間前……」サトウ少年は大きく息を吐き、もったいぶったように言葉を並べた。
「僕は、あなたと、同じ状況に、いた」

 噛みしめるように、一言一言発音する。しかし、そんなことをされても弘人に理解はできなかった。

「どういうことだよ」

 弘人が問い掛けると、サトウ少年はもう一度息を吐き、一気に吐き出すように話し始めた。

「知らない番号から電話がかかってきたんだ。中学校の友達でもない、お父さんくらいの年代の、オジサンだった。間違えてますよって言ったら、君でいいから話を聞いてくれって言われた。別にその時は暇だったから、いいですよって答えたんだ」

 サトウ少年は一度言葉を止め、一息吐いてから言った。「……それが間違いだった」

「で、その人は何の話だったんだ?」

 いつの間にか話にのめり込んでいる自分を感じながらも、弘人は話を急かした。
 サトウ少年は言いたくないとでもいうように、しばらく口をつぐんでいたが、吹っ切れたようにその一言を漏らした。

「今から、自殺するんだって」

 弘人はゴクリと喉を鳴らした。
 今の自分と全く同じ状況じゃないか。作り話にしては口調が深刻すぎる。そんな動揺する弘人を尻目に、サトウ少年は話を続けた。

「その人は三十八歳の会社員だと言った。リストラでもされたんですかって聞くと、別にそうじゃないと答える。それどころか、もうすぐ昇進も決まっているし、奥さんも子供もいて幸せいっぱいだって言うんだ。でも彼は自殺をするといって聞かなかった」
「じゃあどうして……」

 弘人の言葉は、三十八歳の男性とサトウ少年の両方に向けられていた。どうしても二人の状況が重なるのだ。

「彼――ムラタさんは、その理由を教えてくれた。……いや、ムラタさんは話さなければいけなかったのかもしれない」

 サトウ少年は再び口を閉じた。言おうかどうか迷っているのかもしれない。

「何だったんだよ、その理由って」

 弘人が口を挟むと、サトウ少年は押し殺したような声で言った。

「ムラタさんは言ったんだ……」サトウ少年の後ろでヒュっと風の音がした。

「私は一週間前、君と同じ状況にいた、と」

 今度は頭の中で風が吹き荒れた。

「ムラタさんはその時の状況を話してくれた」サトウ少年は淡々と話を進める。「その状況は、今まで話した僕の一週間前の状況と、ほとんど変わりはない。違う人だけど、幸せな環境にいるというのに自殺したいと言っている人との会話さ。これから話すことも、ムラタさんの話とほとんど違わないんだ。ちなみに、この言葉もね」


「お前は、そのムラタさんって人と同じ体験をしたってことか?」

 弘人の声は震えていた。信じられない。それが正直な話だ。だけど体が恐怖を拒否できなかった。

「そう。そして、あなたも」

 サトウ少年は呟くように言う。
 信じられない。信じたくない。サトウ少年の後ろで聞こえる風の音が、大きく鳴り響いていた。



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