『最後の会話』1>>>>>>


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 あなたは誰に電話をかけますか?


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 着信音が鳴った。今流行のバンドの最新曲。携帯電話でネットにつなぎ、着メロとして設定した直後だった。誰だろう? 弘人は壁に掛けられた時計に目をやる。午前一時三十五分。こんな時間に電話をかけてくる友達は思い当たらない。
 折り畳み式の携帯をカチリと音を立てて開くと、弘人はディスプレイを見つめた。登録名、なし。名前が表示されないということは、たぶん間違い電話だろう。

(そのうち切るだろ)

 少しの間、新しい着メロを堪能するかのように放置しておいたが、一向に切れる気配は見られない。「んだよ、もう」 弘人は苛立ちを隠さず、舌打ちをして呟いた。
 繰り返し繰り返し同じメロディが流れることにウンザリして、弘人は断念して通話ボタンを押した。

「もしもし?」

 ため息混じりに言葉を発すると、電話の向こうからワンテンポ遅れて返事が返ってきた。

「あっ、もしもし……」

 ヒュウっという風を切る音と共に、驚いたように呟く声が聞こえた。
 第一印象、声が暗い。声のトーンからからして、まだ声変わりもしていない少年のようだった。心なしか怯えている印象も見受けられる。

「どちらさんですか? 間違えてませんかー?」

 半ば投げやりな態度で、弘人はそう問い掛けた。

「僕……サトウカズヤと言います」
「サトウ、カズヤ?」

 弘人はオウム返しのように繰り返した。
 頭の中に『友達、もしくは知り合い一覧表』を作り出し、サトウカズヤなる人物を探し出す。……見当たらない。サトウという名字の人は幾人かいるが、カズヤという名前には聞き覚えがなかった。誰かの弟か何かだろうか。

「あ……サトウって普通の『サトウ』じゃなくて、ヒダリにシマグニのシマって書くんです」

 左の島? ……『左島』と書くのだろうか。珍しいサトウくんだ。

「ちなみにカズヤはヒトツのナリです」

 左島一也。たぶんこれで当たっているだろう。
 しかし、知り合いにそんな名前の弟、もしくは友達がいないことは一目瞭然だった。左島なんて名字の人は、今までに見たことがなかったのだから。

「俺、君のこと知らないと思うんだけど……誰かと間違えてない?」
「間違えてません」

 即答だ。弘人は名前を名乗っていないというのに、何を根拠に断言できるのだろう。

「……今、時間ありますか?」

 サトウ少年(この際、そう呼ばせてもらおう)は、躊躇いがちに聞いてきた。

「ないって言ったら?」

 弘人は試すように問い返す。
 別に今夜は、睡魔が襲ってくるまで、携帯電話のゲームで時間を潰すつもりだった。だからといって、知らない奴と会話をしたいとは思えない。

「少しでいいんだけど……本当にダメだったら諦めます」

 その言い方は、うだつの上がらないサラリーマンのようだった。肩を落として立ち去る姿が、目に見えて分かる。

「僕は、あなたのことを知りません」

 唐突に少年は言った。

「は? やっぱり知り合いじゃな……」
「でも」サトウ少年は弘人の言葉を遮って続けた。「だからこそ、僕の話を聞いてほしい」

 だからこそ? サトウ少年の言葉は何も理解できない。でも、暗い口調ながらも決意を固めた声は、僅かながら弘人の好奇心を動かす力があった。

「何だよ、話って」
「き、聞いてくれるんですか?」

 微妙に上ずった声が聞こえた。歓喜に震えているのか、それとも泣いているのか。どちらにも取れるものだったが、なぜか恐怖に怯えている声にも聞こえた。
 とにかく、どれが真相なのかは分からないのだが。

「だから、何の用なんだよ。それによって聞くかどうか決める」

 弘人はつまらない話だったら切ってやろうと思っていた。
 しかし、それは「つまる」「つまらない」の問題ではなかった。

「……僕の、最後の会話の相手になってほしいんです」
「は? サイゴ?」

 思いつめたようなサトウ少年の言葉に、弘人は間抜けな声を出した。

「……遺言、みたいなものかな」サトウ少年は呟くように言う。
「今から、死のうと思ってます」

 ゴウ――携帯の向こう側で、大きく風が唸った。

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