『侵食』<<<<3>>




(噂――そうだよ、噂なんだ)

 大樹ははっとして有名な検索サイトを開いた。ネットの噂はネット上で広がる。だったら絶対に何か引っかかるはずだ。大樹は何かに急かされるように慌てて検索窓に文字を打ち込む。「ウイルス」――これだけでは膨大なページが検索されてしまう。あと何を入れれば分かるだろう。ひとつスペースを空けて、そのまま「闇」と打ち込む。あとは……「侵食」? どういう噂なのか分からないから、どんな言葉を入れればいいのか分からない。けれども分かっている単語はそれだけだ。もっとも「ウイルス」は大樹の推測でしかないが。
 逸る気持ちを抑えて検索ボタンを押す。表示されたページには大量の文字が溢れかえっている。ざっと目を通して、検索結果は当たりだと分かる。「ウイルス」「闇」「侵食」のほかに、「感染」だとか「サイト」、そして「ホラー」という文字が見えた。そのほとんどが有名な巨大掲示板のものだ。本当にかなり広まっている噂のようだ。手ごろなページを選んで開くと、その掲示板の一番上には「ホラーサイトには気をつけろ!」と書かれていた。

(ホラーサイト限定なのか?)

 大樹はとりあえず一番上から読み進めていった。闇に侵食された――いわゆる真っ黒に染まってしまったホラーサイトを訪れると自分までも闇に感染してしまう。簡単に説明するならばこうだ。たくさんの人がその噂で盛り上がっているというのに、最初の方の書き込みでは詳細自体は分かってないようだった。たいていがこのサイトが侵食されているから行くなというアドレス表示と、訪れてしまったのだけどどうしようといった類のものだ。感染した人間がホラーサイトを持っているならばそのサイトも真っ黒になってしまうらしい。それによってウイルス説が語られているが、やはり怖がる理由がない。事実、書き込んでいる全員が面白がっているようだった。それこそホラーサイトの管理人が自分のホームページが消えてしまうことを恐れているだけだ。面白がって「闇に侵食されたサイト」を訪れた人が自分のサイトの様子を実況中継している書き込みがあった。けれどもなぜかその結果は書かれていない。なぜだろうと首を傾げた時に、ぐっと心臓を鷲づかみされたような苦しい感覚に襲われた。

『感染した人が死ぬ、とかじゃないよね』

 何気なく書かれたその書き込み。

(……そんなわけないだろう?)

 大樹は嫌な苦しさに自分の胸を押さえた。信じられる内容ではないのに、冷たい汗が額に滲んだ。逸る鼓動を抑えるように自分の胸倉を力いっぱい掴んで、大樹はその先へと目を走らせる。けれども文章の内容が頭に入ってこなかった。ちらちらと理解される単語――「音信不通」「知り合い」「メール」「死んだ」「嘘」「信じられない」「感染」「死ぬのか」――。
 ページの最後の方ではもう誰も疑っている者はほとんどいなかった。訪れることを、死ぬことを恐れている――それだけだった。

(死ぬ――感染したら、死ぬ?)

 大樹はふと目に入った時計を射抜くようにして見た。九時――たぶん「回帰廊下」を訪れてからは一時間も経っていないだろう。「回帰廊下」は「闇に侵食されたサイト」? いや、ホラー小説を書いている人にとってこの話は面白い噂だろう。それこそ冗談ですべてのフォントを黒くして怖がらせようとする人もいるかもしれない。フシウがそういった人物ならば、自分は感染していないかもしれない。死ぬ間近だというのにわざわざ忠告のメールを送る奴なんていないだろう。たぶんあれは冗談でやったのだ――そこまで考えて大樹はふと我に返った。

(何だよ俺、こんな噂を信じているのか?)

 大樹は自分を嘲るように鼻に抜ける笑いを零した。しかしカタカタとマウスを持つ手が震えている。それに気付かないふりをしてぐっとマウスを握り締めると、大樹はもう一度メールボックスを開いた。フシウに聞けばすべてが分かる。大樹は返信のボタンをクリックした。震える手で文章を打つ。

『どうもお久しぶりです。早速なんですが、侵食されたって本当なんですか? 驚かさないでください。冗談でしょう?』

 ――それ以上書けなかった。どう書こうとしてもただ怯えているようにしか見えなかった。大樹は下手に長く書くことをやめ、そのまま最後に『返事待っています』とだけ書いて送信した。


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