『侵食』<<2>>>>


(訳が分からない――)

 サイトに来てくれというならまだしも、来るなとはどういうことだろうか。サイト閉鎖の連絡だとも思ったが、普通はこんな口調で言わないだろう。

『もう噂で知っているとは思いますが、私のサイトもついに闇に侵食され始めました。もう残り時間は少ないと思います』

(……噂?)

 大樹は頭を巡らせるが、その「噂」というものが分からない。闇に侵食されるとはどういうことだろう。このフシウという人物は、大樹が「噂」を知っているという前提で話しているのだから、結構広まっている噂なのだろうか。

『自分がこんな目にあうとは思っていませんでした。噂も信じていなかったのです。そんなホラーみたいな話があるのかと半信半疑で侵食されたサイトに行ってしまったのです。あなたもそう思っていたかもしれませんが、あの噂は本当です。できる限りの人に伝えています。絶対に、私のサイトには来ないでください』

 大樹は話の流れが読めないままその文章に目をやっていたが、結局何の話なのか分からない。侵食されたサイト? 闇に? 頭の中はぐるぐると回り続けるが、理解不可能だった。

『もう時間がないようです。闇に飲まれる。絶対に、来ないでください』

 そこでメールは終わっていた。大樹は結局何ひとつ分からないまま、呆然とディスプレイを眺めていた。そしてもう一度それにざっと目を通す。少し考え込んでからふと思い立って大樹はそのメールの宛て先を見た。そして眉をしかめた。大樹のアドレスだけでなく何人かに同一の文章が送られている――。一人一人にコメントをつけて送っている暇がなかったのか、面倒だったから一斉送信してしまったのかは分からないけれど――それにしても妙なメールだった。

(闇に侵食される、か……)

 結局大樹が分かっていることはそれだけだ。行ってみたい、どういうことなのか知りたい――。確か「回帰廊下」はお気に入りに入れっ放しになっている。検索せずにクリックするだけで訪れることができるというのは、大樹の好奇心をくすぐる大きな要因だ。絶対来るなとは言われたけれど、なぜかは結局分からない。それを知るためには、やはりこの目で見るしかないじゃないか。
 一瞬たりとも「もしかしたら」とは思わなかった。
 大樹は躊躇もせず、インターネットのウインドウを開いた。



「回帰廊下」はその言葉通り、闇に侵食されていた。
 闇というのは不適切かもしれない。真っ黒というべきか。ホラーのサイトは背景を黒にしているところが多い。怖さを表現するために黒色を使うことは多々ある。現にこの「回帰廊下」も黒の背景に二本の蝋燭の写真を固定した、怖そうなトップページになっている――はずだった。
 その、蝋燭がなかった。トップページに書かれていたサイトの説明文章もなかった。ただ、真っ黒に染められたトップページが存在していた。大樹は一瞬ページが開ききる前にパソコンがフリーズしてしまったのかとも思ったが、別にそういうわけでもないようだ。マウスは動く。一度前のページに戻ってから再び「回帰廊下」を開いてみるが、やはり黒いままだった。どうしようかと考えてゆらゆらと動かしていたマウスをそのまま画面上でドラッグしてみる。画面はマウスに着いて流れるように反転して、そこにある文章が浮かび上がった。トップページに書かれていた「回帰廊下にようこそ」という言葉はちゃんと存在していた。フォントの色をすべて黒くしているのだろう。これが闇に侵食されたということなのだろうか。

(何か小説のネタなのか――新作か?)

 そう思って手探りするように反転した文字列の中にある「文章」と書かれたリンクをクリックする。一瞬ウインドウが白濁したあと、また真っ黒になってしまった。数秒待ってみるが何も変わらない。再びドラッグすると、このページの文字まで真っ黒になっていることが分かった。手が込んでいるというべきか、ここまでしなくてもいいのじゃないかというか。大樹は眉をしかめてざっとその小説のタイトルに目を通すが、目ぼしいものは見つからなかった。

(何なんだいったい)

 ハッキングでもされたのだろうか。ページ全部を書き換えられてしまったなどだったらありうる話かもしれない。パスワード解析ソフトなんてものは少し知識があれば手に入れられないことはない。大樹は前のトップページへと戻り、再びメニューを探して掲示板へと足を運ぶことにした。そして、唖然とした。掲示板まで真っ黒だ。手が込みすぎているんじゃないか? 大樹は唸りながら再び画面に描かれているはずの文字列を反転させた。
 一番上の書き込みは、明らかに落胆の色が窺えた。

『嘘でしょう? ここは侵食されているんですか? それとも噂に便乗したギャグですか? 私も管理人なのに』

 書き込みの日付は昨日だ。少しずつドラッグしながらスクロールして、それ以前の書き込みを読む。

『うわぁ、久々に来たのに……マジかよ、俺も感染するのかよ』
『噂、本当だったんですか? 本当に侵食されているんですか?』
『もしかして、このサイトも侵食され始めていますか? そうだったらどうしよう』

 まともな小説の感想の書き込みは二日前の夜までだった。それからは全部その「噂」についてのものだ。とりあえずその掲示板の一ページを読みきって、大樹はふと違和感を覚えた。何かがおかしい。しばしの間思案して、至った考えに鼓動が早くなる。慌ててページの一番上へスクロールする。どういうことだろう。一介の管理人なる者、もしくはハッキングの知識が多少あるというだけの者が、こんなことまでできるのだろうか。掲示板の一番上には反転された大きめの長方形が浮かび上がっている。これは――バナー広告のはずだ。無料レンタル掲示板に必ずといっていいほど表示される、画像の企業広告。それまで黒くするなんてできるわけがない。画像まで、黒くなっている――?
 ふとさっき目を通した掲示板の書き込みの一言が頭に浮かんだ。「感染」――。もしかしたらウイルスなのか? サイトすべてを真っ黒にしてしまうコンピューターウイルス。そんなくだらないものが蔓延して、それを皆が皆怖がっている? 怖がる必要があるのだろうか。サイトすべてを黒くしてしまうというだけのウイルスならば、ただ新しくアドレスを変えて作り直せばいいじゃないか。他にも何か効力があるのだろうか。サイトを運営している管理人が怖がるような何か。フシウがいう「ホラーみたいな話」と思えるような効力が――。
 大樹は文字通り開いた口を塞ぐこともできず、そのままその掲示板を眺めていた。


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