『Listen』<<<<3




 私は腐りゆく私の姿を見つめていたのです。
 そして無意識のうちに自分自身までも腐らせていたのです。
 私は腐っていました。
 私の髪の毛は血でカリカリに渇いていました。
 私の肌は気持ち悪いほどに模様が描かれていました。
 私の頭は蛆にまみれていました。
 私のお腹には嫌なガスが溜まっていました。
 指に絡んだ髪の毛を見て、それらすべてを悟りました。

 私は、殺されたのです。


 私はその、窓のない倉庫のような部屋から抜け出しました。
 私の未練は「私の体」だったのです。
 だからこの部屋から出られなかった――それだけのことだったのです。
 私の体は腐ってしまった。
 私の体から離れたはずの「今の私」も、それに魅入られるようにして腐ってしまった。
 戻ることのできない体は、もうどろどろになってしまいました。
 目の前の死体が私であると理解した瞬間、私自身の腐食は止まりました。
 けれども一度朽ちてしまった私は、元の姿に戻ることができませんでした。

 私は復讐を胸に誓ったのです。
 私を腐らせた人を見つけ出してやると決めたのです。


 ――私は目の前の人の後頭部を見つめました。

 窓の外で風の音がします。
 カリカリと音の響く部屋。
 この部屋で、私はじっと目の前の人の後頭部を見つめています。
 私は手の内にある大量の髪の毛を弄っています。
 そのかさかさという音は部屋の他の物音に消されてしまいます。
 けれども私は声も出さず、気配さえも消して、目の前の人の後頭部を見つめ続けます。
 目の前の人は、動いていません。
 いえ、少しは動いています。
 ちょっとした身じろぎ。
 震えている――それは私の勘違いかもしれません。
 目の前の人は、じっと一点を見つめています。
 顔を青白く染めて、死人のような顔でそれを見ていることでしょう。
 さらりと髪の毛が揺れたように見えました。
 私はふっと笑みを零しました。


 私の話を聞いてくれてありがとう。
 あなたは最後まで私の話を聞いてくれました。
 本当にありがとう。
 復讐の相手は簡単に見つけられましたよ。


 もうすぐ私の復讐が始まります。


 パソコンに食いついて、
 身じろぎさえせずに、
 この文章を読んでいる、


 私の、目の前の、人。



 微かに肩を揺らす、目の前の人。
 一瞬気配を感じたのでしょうか。
 少し文章を読むスピードが落ちたように思えます。
 画面をスクロールする手が止まっています。
 私の存在に気付いたのでしょうか。
 私は手の内の大量の髪の毛を、柔らかく握りしめました。
 何度もこの人の肩に手を置きたいと思いました。
 驚く顔が見たい、と。
 私はいつ気付かれてもいいように、ずっと微笑んでいるのに。
 黒い画面を覗き込んで、文字を読んでいるこの人は――。
 画面の中に映った自分の姿の後ろで立ち尽くしているモノに、いつ、気付いてくれるでしょうか。

 私はその人の後頭部をずっと見つめています。
 息を潜め、気配を隠し――


 振り向いてくれるまで、腐った体を揺らしながら。


 聞こえましたか――?
 窓の外で、また、微かな風の音が響きましたね……。



Fin.











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