『Listen』1>>>>


 私はずっとその人を見ています。
 固く口を結んだまま。


   □ Listen □


 私の話を聞いてもらえますか。
 あなたにとってはつまらない話かもしれません。
 けれどもあなたが最後まで聞いてくれることを願って、私はお話させていただきます。


 何日か前の話です。
 正確にはどれだけの時が経っているのかは分かりません。
 その日、私は遠くに聞こえる足音で目を覚ましたのです。
 視界はまだまどろんでいて、薄霧の中にいるように霞んでいました。
 私はゆっくりと体を起こそうとしました。
 その途端、私は激しい頭痛に見舞われたのです。
 思わず私は身を捩りました。
 ぎりぎりと頭蓋骨の中で爪を立てられているような痛み。
 私は声を出すこともできず、涙目で歯を食いしばりました。

 どれくらい時間が経ったのかは分かりませんでした。
 しばらくの間痛みに悶えていると、すっとそれは消え去りました。
 何事もなかったかのように、跡形もなく。
 私はほっとしてうっすらと目蓋を開きました。
 目の前には重そうな壁がありました。
 打ちっぱなしのコンクリートが、薄黒く染まっていました。
 ゆらりと私は起き上がりました。
 薄目で周りを見渡すと、ここは何もない真四角の小さな個室だということが分かりました。
 倉庫のようでいて、納戸のようでもありました。
 私の後背には、濃い色の扉がありました。
 なぜかそれを見た瞬間、私はこの部屋に閉じ込められているのだと悟りました。
 漠然とした確信がありました。
 私はこの部屋から出られないのだと。

 私は至極冷静でした。
 早くここから出たいだとか、なぜこんなところにいるのかなどとは考えもしませんでした。
 私はぼんやりした頭の中で、ソレに気付いていたのです。
 いえ、違います――。
 今になって考えてみれば、ソレを認めたくなかったのだと思います。
 私はふらふらと部屋中を見渡したあと、ゆっくりと自分の足元を見下ろしました。
 まず理解できたのは、とろとろと流れる液体でした。
 それはアメーバのように床を染め上げていました。
 目の前がちかちかしました。
 遠のきそうになる意識を必死でつなぎ止めて、私はソレを見たのです。

 ――死体。

 そこには女の人が横たわっていたのです。
 長い黒髪を蜘蛛の巣のように広げ、艶かしい赤い液体を流していました。
 うつ伏せたその後頭部は、ぱっくりと割れていました。
 黒く沈んだ割れ目の中から、得体の知れぬ色のモノが覗いていました。
 私は糸が切れたかのようにその場に座り込みました。
 へたりと床に手をつくと、私はその女の人を間近で眺めました。
 白く透き通った肌。
 すらりと伸びた手足。
 割れた頭と血だまりさえ見なければ、とても死んでいるようには見えませんでした。
 けれども、彼女は死んでいたのです。


 ――あぁ、風が弱々しく窓を揺らしています。
 ここには薄寒い空気が満ちています。
 かたりという小さな音でさえも、部屋中に響くのですね。
 そんなことを考えながら、私は声を出すこともなく、目の前にいる人を見つめています――。


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