『Listen』1>>2>>3
私はずっとその人を見ています。
固く口を結んだまま。
□ Listen □
私の話を聞いてもらえますか。
あなたにとってはつまらない話かもしれません。
けれどもあなたが最後まで聞いてくれることを願って、私はお話させていただきます。
何日か前の話です。
正確にはどれだけの時が経っているのかは分かりません。
その日、私は遠くに聞こえる足音で目を覚ましたのです。
視界はまだまどろんでいて、薄霧の中にいるように霞んでいました。
私はゆっくりと体を起こそうとしました。
その途端、私は激しい頭痛に見舞われたのです。
思わず私は身を捩りました。
ぎりぎりと頭蓋骨の中で爪を立てられているような痛み。
私は声を出すこともできず、涙目で歯を食いしばりました。
どれくらい時間が経ったのかは分かりませんでした。
しばらくの間痛みに悶えていると、すっとそれは消え去りました。
何事もなかったかのように、跡形もなく。
私はほっとしてうっすらと目蓋を開きました。
目の前には重そうな壁がありました。
打ちっぱなしのコンクリートが、薄黒く染まっていました。
ゆらりと私は起き上がりました。
薄目で周りを見渡すと、ここは何もない真四角の小さな個室だということが分かりました。
倉庫のようでいて、納戸のようでもありました。
私の後背には、濃い色の扉がありました。
なぜかそれを見た瞬間、私はこの部屋に閉じ込められているのだと悟りました。
漠然とした確信がありました。
私はこの部屋から出られないのだと。
私は至極冷静でした。
早くここから出たいだとか、なぜこんなところにいるのかなどとは考えもしませんでした。
私はぼんやりした頭の中で、ソレに気付いていたのです。
いえ、違います――。
今になって考えてみれば、ソレを認めたくなかったのだと思います。
私はふらふらと部屋中を見渡したあと、ゆっくりと自分の足元を見下ろしました。
まず理解できたのは、とろとろと流れる液体でした。
それはアメーバのように床を染め上げていました。
目の前がちかちかしました。
遠のきそうになる意識を必死でつなぎ止めて、私はソレを見たのです。
――死体。
そこには女の人が横たわっていたのです。
長い黒髪を蜘蛛の巣のように広げ、艶かしい赤い液体を流していました。
うつ伏せたその後頭部は、ぱっくりと割れていました。
黒く沈んだ割れ目の中から、得体の知れぬ色のモノが覗いていました。
私は糸が切れたかのようにその場に座り込みました。
へたりと床に手をつくと、私はその女の人を間近で眺めました。
白く透き通った肌。
すらりと伸びた手足。
割れた頭と血だまりさえ見なければ、とても死んでいるようには見えませんでした。
けれども、彼女は死んでいたのです。
――あぁ、風が弱々しく窓を揺らしています。
ここには薄寒い空気が満ちています。
かたりという小さな音でさえも、部屋中に響くのですね。
そんなことを考えながら、私は声を出すこともなく、目の前にいる人を見つめています――。
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