『崩壊』1<<2<<3<<4
『ねえ、気に入ってくれた?』
唐突に秀哉が疑問を投げかける。
「……何を」
美智子は涙を堪えながらも、やっとのことで声を出した。
『何泣いてんだよ……じゃなくてー、写真の話。あの写真、気に入ってくれた?』
「気に入るわけないじゃない、みんな目つぶってるんだよ」
ふとベッドの上に置いてある写真に目を向ける。
やはり気持ち悪いだけだ。
『じゃあアレの意味が分かったら教えてね。それまで待ってるからー』
そういって秀哉は笑い声を残し、さよならも言わずに電話を切った。
待ってる?
何を待ってるっていうのよ。
理想の家族とまでは言わないが、いい家族だった。
喧嘩もするけれど、それも可愛いものだった。
なのに、どうしちゃったの。
私のいないところで何が起こったっていうのよ――。
頬を伝う涙を拭うこともせず、美智子は呆然と携帯を持った手を投げ出した。
ツーツーと無機質な音が部屋を満たしていく。美智子は空を見据えたまま、親指をぎこちなく動かして電源ボタンを押した。
ピッと軽い音がしたあと、耳が痛いほどの静寂があたりを埋め尽くす。
自分の部屋はこれだけ静かなのに、遠く離れた実家では……。
考えたくもない想像ばかりが頭の中を駆け巡る。
美智子に与えられた情報は、この小さな機械を通して伝えられた音声だけだ。
みんなおかしくなっていた。
母はしゃがれた声で咳を繰り返す。
久美子はずっと泣き続けている。
秀哉はそんな状況の中で何事もなかったかのように笑う。
そして父は――父の指は――体を離れ、美智子の部屋へ来た……。
ふいに手の甲がカサリと音を立てて、何かに触れた。
美智子はうなだれるようにして手元に目を向けた。
写真――誰の顔を見ても目が合わない、異様な空間。
偶然にしてはできすぎている。互いが声を掛け合って目を閉じたのではないということは、美智子自身が一番分かっていた。
本当にこれは、偶然にも五人のまばたきが揃ったのだ。
『分かったんだよね、五人揃ってるからこそ家族なんだって』
先程の秀哉のセリフが蘇ってきて、美智子は一瞬にして鳥肌が立った。
何がこんなにも恐怖心を煽るのかは分からない。
ただ突然回りだしたかのように、危機感のようなものが湧き上がってきた。
美智子は涙でぐちゃぐちゃになった顔を両手で拭うと、写真を握り締めて家を飛び出した。
(ダメ……秀哉を止めなきゃ……)
振り乱した顔にも関わらずその足で駅へ駆け込み、実家までの切符を買って新幹線に乗り込んだ。
実家まで一時間弱。
そのわずかな時間がもどかしかった。
秀哉を止めないと――そればかりが頭の中を駆け巡る。
優しい顔で柔らかく話していた母。
厳しい一面もあるけれど穏やかな性格だった父。
いつでも明るく笑っていた妹。
そして、反抗しながらも純粋だった弟――。
崩壊してしまった家族をどこまで元に戻せるかは分からない。けれど自分のいないところで、これ以上みんなが壊れていくことだけは阻止したかった。
(お願い、間に合って――)
永遠にも感じられる一時間が過ぎ、ゆっくりと電車は地元の駅へ滑り込んだ。
家まで車に乗って十分かかる道のりを、全速力で走り抜ける。
息を切らせながらも、ただひたすら家族の安否だけを祈っていた。
そのおかげで、何も考えていなかったのだ。
――そう、写真の意味に気付かなかった私が馬鹿だったんだ――。
『ねえ、あの写真気に入ってくれた?』
『分かったんだよね、五人揃ってるからこそ家族なんだって』
『すごいよねー、みんな目つぶっちゃってさ
死 ん じ ゃ っ た み た い だ よ …… 』
fin.
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