『崩壊』 1>>>>>>


 それに気付かなかった私が馬鹿だったんだ。


   □ 崩壊 □


「ここに印鑑お願いします」

 きれいな茶色に染められた髪の毛が鮮やかな青色の帽子にそぐわない――。
 そんなことを考えながら、美智子は宅配便を持ってきた若い青年からその荷物を受け取った。
 表情も変えず、ただ淡々と仕事をこなすその青年は、たぶん美智子とそんなに年齢は変わらないだろう。

「ありがとう」

 小さく笑顔を浮かべながら美智子は青年の顔を窺った。
 この無表情を崩してみたいという、ちょっとした遊び心。
 しかし青年はこちらの顔をちらりとも見ず、帽子を目深にかぶり直してすぐに背を向けてしまった。

(つまんないの)

 ドアを閉め鍵をかけると、美智子は小包にも近い小さめの箱を片手で弄びながら、小石を蹴るような仕草をとってみる。
 右足の小指の先が床に落ちていた雑誌に当たって、バサリと小さな音を立てた。
 大学に入って一人暮らしを始めてからというもの、自分の部屋にいても話し相手もいないから退屈で仕方ない。
 一人でいると独り言が増えるとはよく聞く話だが、美智子の場合はなぜか無意味な行動が増えてしまったように思える。
 ふとそんな自分が少し幼稚に思えてしまって、八畳のワンルームの片隅に置かれたソファーベッドへと倒れ込んだ。
 そこでやっと、今届いた荷物が何なのだろうという疑問が頭に浮かんだ。
 何も考えずに印鑑まで押して受け取ってしまったけれど、誰から来たのだろう。
 差出人の名前を確認すると、実家の住所――弟の秀哉だった。
 母親から仕送りと称してお菓子や食べ物など送られてくることはよくあったが、弟が何か物を送ってくることはほとんどない。
 それなのに、何を送ってきたと言うのだろう。しかも何の前触れもなしに。
 下手な、達筆とも言いがたい独特な字だから、筆跡は明らかに秀哉だ。
 美智子は多少不審な思いを抱きつつも、小さなその箱を開いた。
 小気味の良い音を立ててガムテープを外すとまず目に入ったのが、年明けに実家へ帰った時家族で撮った写真だった。

(これを送るため?)

 そう思い写真を手に取ろうとして、一瞬躊躇してしまった。
 写真の中では、弟、父、母、妹、そして自分といった順で並び、実家の玄関の前で、幸せいっぱいですといった顔を浮かべて笑っている。
 それなのにタイミングがいいというべきか悪いというべきか――五人全員が目を閉じていた。
 まるで、示し合わせたかのように……いや、そんな表現では言い足りない。
 そう、みんな写真に閉じ込められてしまったかのように、だ。
 全員が四角い空間から出られず、でも家族一緒だからと笑顔を残して意識を失ってしまった――。

(気持ち悪……)

 美智子は汚い雑巾を拾うかのように指先でそれを持ち上げた。
 と、そこでその下に入っていたものが目に入った。
 壊れ物を送るときに使うエアーバッグ――子供がプチプチと潰して遊ぶアレである――が丁寧に丸めて入っている。
 中のものの大きさに対して、エアーバッグが大量に巻かれ過ぎているので、何が包まれているのか検討もつかない。
 美智子は手に持っていた写真を布団の上に置くと、その半透明な塊に手をかけた。
 ぺりっと軽い音を立ててセロハンテープを剥がすと、皮をむくかのようにエアーバッグを開いていく。
 しばらくの間その塊と格闘していると、次第にその中の物が浮かび上がるように見えてきた。

(赤? オレンジ? ピンクじゃないし……そう、どちらかと言えば――)

 手を止めずに開き続けていた美智子はそこまで考えて、一気に血の気が引いた。
 そして小さく悲鳴を上げて、思わず「ソレ」を投げ出してしまった。
 開ききっていないエアーバッグから転げ出た「ソレ」は、密封された袋に入っていた。
 それは十センチにも満たない、棒のようなもの。
 ちょうど人差し指くらいの――赤い液体にまみれた「ソレ」は――まぎれもなく、人の指、だった。



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